- KANAYAMA BLOG -

かなやま幼稚園ブログ

園のようす

紙版画の制作

こんにちは!
今回は年長さんの紙版画の制作の様子をお伝えします📸

この日は画用紙を切ったり組み合わせたりしながら、紙版画の版を作りました🎨
ロケットやねこ、パイナップルなど、それぞれが思い浮かべたものを形にしていきます
同じ画用紙からいろいろな形が生まれて、一人ひとり違った版ができあがってきました
今後はこの版にインクをつけ、紙に刷って作品にしていく予定です
どんなふうに刷り上がるのか、子どもたちと一緒に楽しみにしたいと思います☺

史としての版画、技術としての版画
年長さんでは、画用紙を切ったり貼ったりしながら紙版画の「版」をつくりました。
ロケットやねこ、パイナップルなど、思い思いのものを形にしています。

このあとインクをつけ、紙に刷っていくことになりますが、考えてみると版画というのは少し不思議な制作です。
絵を描くのであれば、描いたものがそのまま作品になります。
ところが版画は、一度「版」という別のものをつくり、そこにインクをつけ、さらに紙へ写して、ようやく作品が現れます。

ずいぶん遠回りです。

それでも版画という技術は、長い歴史の中で発達し、写真やデジタル印刷が当たり前になった現代にも残っています。
なぜなのでしょうか。

■版画は何が画期的だったのか
版画の歴史を考えるうえで、まず大きいのは「一つの版から複数の画像をつくることができる」ということです。

今ではコピーも印刷も当たり前なので、あまり驚くことではありません。
しかし、画像を一枚ずつ手で描くことが普通だった時代に、「同じ像を何枚も生み出せる」という技術は大きな意味を持っていました。

宗教画や物語の挿絵、地図、植物や動物の図、建築や機械の図解。
版画によって、画像は一つの場所にとどまるものではなくなりました。

紙に載せて、人から人へ、街から街へ運べるようになったのです。

活版印刷が文字による知識の流通を大きく変えたのと同じように、版画は「視覚による情報」を広げる役割を担いました。
美術の歴史であると同時に、情報技術の歴史として見ても面白いところです。

■彫る場所によって、仕組みが違う
一口に版画といっても、技法はいくつもあります。
少し専門的な分類では、「凸版」「凹版」「平版」「孔版」などに分けられます。

木版画などの凸版は、出っ張っているところにインクをつけて紙へ写します。

銅版画などの凹版は反対です。
彫った溝の中にインクを残し、強い圧力をかけて紙へ移します。
凹版の中にも、金属を直接彫るエングレーヴィング、薬品による腐蝕を利用するエッチング、針のような道具で直接傷をつけるドライポイントなどがあります。

平版の代表がリトグラフ。
こちらは凹凸ではなく、油と水が反発する性質を利用します。

そして孔版には、シルクスクリーンがあります。
版に開いた部分からインクを通して像をつくる方法です。

「紙に絵を写す」という結果は似ていても、その途中にある物理的な仕組みはまったく違います。
版画は、美術でありながら、材料や圧力、摩擦、化学反応などとも関係する、かなり技術的な世界でもあります。

■複製だけの技術ではない
先日、西洋美術館でレンブラントの版画展を見てきました。
レンブラントは”夜警”を代表して油彩画でよく知られていますが、版画にも力を注いだ画家です。

展示を見ながら面白く感じたのは、版画が単なる「複製のための技術」ではなかったことでした。

版に線を加える。
削る。
インクの残し方を変える。
紙を変える。

そうすると、同じ版から刷ったものであっても表情が変わります。

大量に同じものをつくるために生まれた技術が、やがて「一枚一枚の違い」を楽しむ美術になっていく。
この少し矛盾したところに、版画の面白さがあるように感じました。

■便利ではないから残っている
現代では、同じ画像をたくさんつくるというだけなら、版画をする必要はほとんどありません。

写真もあります。
プリンターもあります。
デジタルデータなら、ほぼ同じものを何度でもつくることができます。

それでも美術の世界では版画が残っています。
おそらく、現在の版画の価値は「複製できること」だけではないのでしょう。

木を彫れば、木の硬さがあります。
紙を貼れば、その厚みがあります。
インクが多すぎればつぶれ、少なければかすれます。
圧力のかかり方でも刷り上がりは変わります。
つまり、作る人が完全には支配できない要素が途中に入ってくるのです。

直接描けば、その場で結果を見ることができます。
版画では、そうはいきません。

一度、版を介する。

この「間接性」が、現代に版画が残っている理由の一つなのではないかと思います。

■幼児期に版画をする面白さ
そして、この「一度、版を介する」というところは、幼児期の制作として考えてみても面白いところです。
紙版画では、まず完成作品そのものではなく、その手前にある版をつくります。

年長さんが今回つくっていたのも、ロケットやねこ、パイナップルそのものの絵ではありません。
画用紙を切り、それを組み合わせ、貼り重ねて凹凸をつくります。
技法としては、紙やさまざまな素材を貼って版をつくる「コラグラフ」にも近い考え方です。

この段階では、まだ最終的な作品は見えていません。
ここが、普段のお絵描きとは少し違います。

「ここを貼ったら、刷ったときにはどう見えるだろう」
「この形とこの形を重ねたらどうなるだろう」
今、目の前にある版と、これから現れる像を行き来しながらつくっていきます。

完成したものを見ながら直していくというより、少し先の結果を想像しながら手を動かすことになります。

■反対になるという不思議
さらに版画には、もう一つ面白い特徴があります。
刷ると左右が反対になります。

大人には当たり前のことですが、初めて経験する子どもにとっては、少し不思議な出来事です。

版の右側にあったものが、紙では左側に現れる。
文字を入れようとすれば、さらに分かりやすく違いが現れます。

これは「間違えないように左右反対につくらなければならない」というだけの話ではありません。
版と刷り上がった紙を見比べながら、
「どうして反対になったんだろう」
「ここが、ここに写ったんだ」
と、二つのものの対応関係に気づいていくことそのものが面白いのだと思います。

少し専門的な言葉を使えば、空間的な位置関係や、原因と結果を経験の中で確かめているとも見ることができます。
もちろん、一度で仕組みを理解する必要はありません。
まずは「なんだか反対になった」という驚きでも十分です。

幼児期には、その不思議さと実際の体験が一緒に残ることにも意味があるように思います。

■紙をめくるまで分からない

そして版画の一番いいところは、なんといっても最後に紙をめくる瞬間なのではないでしょうか。

インクをつける。
紙を重ねる。
上から押さえる。
そして、そっと紙をめくる。
そこで初めて、自分がつくった版が一枚の絵になって現れます。

きれいにインクがつくところもあれば、かすれるところもあります。
思ったより形がはっきり出ることもあれば、「あれ?」となることもあります。
でも、その「あれ?」も面白い。

なぜここは濃くなったのか。
なぜここにはインクがつかなかったのか。
この形は、版のどの部分だったのか。

でき上がった作品が、もう一度自分のつくった版を見るきっかけになります。

つくる。
結果を見る。
比べる。
気づく。

そうした小さな往復が、制作の中で自然に起こります。

■歴史としての版画、技術としての版画
人類の歴史の中で考えれば、版画は画像を複製し、遠くへ運び、知識や文化を広げるための大きな技術でした。
美術の世界では、木や金属、紙、インクと向き合いながら、独特の表現を生み出す方法として発達してきました。
そして幼稚園では、子どもたちが画用紙を切り、貼り、インクをつけ、紙へ刷ります。

規模も目的もまったく違います。
けれど、「版をつくり、そこから像を生み出す」という仕組みそのものはつながっています。
便利さだけを考えれば、ずいぶん遠回りな制作です。

けれど幼児期の活動では、その遠回りにこそ面白さがあります。
完成した絵だけではなく、その前に版をつくる。
すぐには結果が見えない。
予想して、刷って、紙をめくって、初めて分かる。

何百年も受け継がれてきた版画という技術を、子どもたちは子どもたちなりの方法で経験しています。
年長さんたちの版が、実際にどんな一枚になって現れるのか。
僕も、紙をめくるその瞬間を楽しみにしています。