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かなやま幼稚園ブログ

園のようす

ゆうびんやさん✉

こんにちは!
今回はゆうびんやさんごっこの様子をお伝えします✉

さて、年長さんのお教室にはこの時期、郵便ポストがあらわれます📮

こちらに投函すると、お当番さんが宛先の子(先生なども)お手紙を配達してくれるというなんとも楽しい活動です🏣

ゆうびんってなあにという内容の紙芝居なんかもあったりして

お部屋ではお友だちに向けてお手紙を書いている姿が見られます👀
みんな上手にひらがなを書けるようになっていますね😲
ぜひご家庭でもお話を聞いてみてください☺

便屋さん📮
この間、国際郵便を出したときのお話です。
窓口で料金を聞いたら「180円です」と言われて、「180円!?😲」と思わず料金を二度聞きしてしまいました。
久々だったこともあり、あらためて金額を目の当たりにして「郵便制度ってすごいなあ」と。

あの薄い紙片が国境をまたいで相手の手元まで届くって、まるで魔法のようにも感じます。
しかし、この”郵便制度”は、気合いや根性ではなく、ものすごく堅牢な仕組みの上に成り立っています。
今回は、「郵便制度とは何か」を、歴史やインフラとしての側面から見てみます。

日本の郵便のはじまり
日本の近代郵便は、明治の初めに制度として整えられていきます。

中心人物として知られるのが前島密(ひそか)で、「日本近代郵便の父」と呼ばれています。
明治4年(1871年)に郵便の取扱いが開始された、という流れが大きな節目です。

郵便は単なる便利機能ではなく、「国のかたちを作る装置」であったとも言われます。
全国で同じルールの下、情報をやり取りできる。
つまり、人と人、地域と地域がつながることができる。
情報の流通が整うことで、商売も行政も教育も一気に近代化が進みます。
郵便は、道路や橋と同じく、国家の背骨みたいな役割を担った歴史があります。

もちろんそれ以前にも飛脚などの仕組みはありましたが、「全国一律の制度」として整備されていくのが近代郵便の本質の部分ですね。

国際郵便という「世界共通の網」
先の“海を越える”話に戻ると、国際郵便は各国バラバラのやり方では回りません。
そこで登場するのが万国郵便連合(UPU)という国際的な枠組みです。UPUは1874年設立、日本は1877年に加盟しています。
「世界中で郵便物を相互交換できるようにする」という考え方の下、国境を越える郵便の土台となっています。
つまり国際郵便は、どこかの国だけの働きではなく、世界規模の協定とネットワークの積み重ねで成立しているんですね。

インフラとしての郵便
郵便のインフラ性をいちばん端的に表す言葉が「ユニバーサルサービス」です。
要するに「採算が取りにくい地域も含めて、全国あまねく、公平に利用できるようにする」という考え方です。

実際、郵便局で提供されるサービスについて「全国において公平に利用できるようにする責務」といった趣旨が法令資料の中でも示されています。
この考え方があるため、都市部だけでなく、山間部や離島の暮らしにも“同じように届く”を担保されているという。
ここが、純粋な民間配送と一線を画す部分です。

法令で定められているユニバーサルサービスには”電話”もあります。
電話には、
・加入電話
・公衆電話
・緊急通報(110番・118番・119番)
が定められています。
郵便同様に代替が難しい、社会生活には欠かすことのできない役割ですね。

インフラは派手さはないけど社会に必要な、強固なシステムです。
水道が止まって初めて水道の偉大さを知るのと同じで、郵便も「当たり前に届く」が日常に溶け込んでいるからこそ、その価値は少し見えにくいかもしれませんね。

〒マークって
さて、郵便といえば「〒」マーク。
郵便番号の前に付いていたり、ポストに描かれていたり日常でも馴染み深い記号です。

この〒マークは、明治20年(1887年)に当時の逓信省(郵便・通信を管轄)が省の徽章として定めたことが起点となっています。
さらに当初は「T字形」を告示したものの、「〒」に変更・訂正された、という経緯が紹介されています(諸説あり)。
よく言われる説明としては、逓信省の頭文字「テ」に由来する、という説も広く知られています。
つまりあの記号は“官庁のロゴ”なんですね。
ちなみに日本以外では使用されない日本特有の記号です。

幼児期とお手紙
ゆうびんやさんごっこを見ていると、手紙は子どもに寄り添うとてもいい活動だなあと思います。
幼児期のコミュニケーションは、まだ言葉だけでは完結しません。
表情、声のトーン、絵、身ぶり、そして「形に残るもの」がコミュニケーションにとって大きな助けになります。
手紙は、気持ちを包んで、時間を越えて、相手まで運べる道具です。

幼児期にとってこの特徴が、子どもの大切な力につながります。

例えば、相手を思い浮かべる力。
「誰に書くのか」「何を伝えたいのか」を考えるだけで、頭の中に相手を描く練習になります。
これは思いやりや想像力の土台になります。
こう考えると、幼児期の“いま目の前にいない相手”を想う練習は貴重な経験ですね。

例えば、言葉以外の表現が肯定されること。
文字が書けなくても、絵でも、線でも、シールでも、それは立派なお手紙です。
「伝えたい気持ちがある」ことを大人が受け止めてあげると、表現すること自体が楽しくなります。
ここが育つと、後の読み書きにもスムーズにつながるきっかけになります。

例えば、“待つ”という体験。
手紙は、書いたらすぐ返事が返ってくるものではありません。
投函して、運ばれて、届いて、相手が読んで、返事が来る。
この時間差が、相手の都合を想像する力や、楽しみに待つ力につながります。
いまの時代はすぐに返事が返ってくるものが多いからこそ、この「少し待つ」という経験には、独特の良さがあります。
もし返ってこない経験をしても、ちょっと寂しいけれど、それもまた”相手の気持ちを考える”ことにも繋がります。

郵便は制度として堅牢で、社会を支えるインフラですが、同時に手紙の文化はこうした“人と人の気持ちの橋”にもなってくれます。
幼児期のお手紙は、上手に書くことより、「伝えたい」気持ちや行動の芽を出すこと自体が、いちばんの価値なのかもしれませんね。

さいごに
郵便制度は、「距離を縮める」ための世界規模の発明、取り組みです。
普段はなかなか意識しませんが、ポストに投函した瞬間から、巨大な仕分け網・輸送網・配達網が動き出して、目的地まで運ばれる。
そう考えると、あの赤いポストも郵便マークもとても頼もしく見えてきます。
今思い出したあの人や、しばらく会っていないあの人にお手紙を差し出してみるのも面白いかもしれませんね。