本日会った子どもたち
こんにちは!
今回は本日遭遇した子どもたちの様子をお伝えします📸
本日は移動したところで遭遇した子どもたちの様子です
まずはグラウンドで小工事中で様子を見に行ったときの様子
体操の後でグラウンドで遊んでいました!
どんぐりのもり
は僕も行きましたが先生が写真を撮ってくれました📸
こちらは先日施工した舞台の様子を見に行きつつ
年長さんは卒園式の練習中でした(`・ω・´)ゞ
ちょっと前に張りなおしたすべり台の踊り場を点検しつつ
年中さんは園庭であてっこボールをしていました!
挨拶とは
忘れもしない2週間前の金曜日のお話ですが、
子どもに「おはよう🌞」と声を掛けたところ
「なんであいさつしなくちゃいけないの?」
との返答が…笑
この類の問いに対する僕の答えは決まっていて
「(相手に)敵ではないことを教えるためだよ😏」
(年中さんくらいまでは「仲間(おともだち)だということを相手に教えるため」と答えますかね♨)
だいたいの場合そうすると渋い顔をしながらも
「おはよう…笑」と返してくれることがほとんどです
この時期にしっかりと根拠を持って子どもに応答するのもその後の人生にかかわることかと思いますので、今回は「挨拶」をテーマとして取り上げたいと思います
●挨拶の起源?
「おはよう」「こんにちは」「こんばんは」
何気なく交わしているこれら「挨拶」はいったいどこから始まったのでしょうか
挨拶の起源は 「敵か味方かを確認するため」 だったとも言われています
人々が武器を持って生活していた時代、道ですれ違う人はもしかしたら自分を襲うかもしれない「敵」でした
そんなときにはまずは手を上げたり、言葉を交わしたりして「自分は敵意がないですよ!」と示す必要があったのです
例えば西洋の握手は「武器を持っていませんよ」という証明とも言われていますし、
日本でも武士がすれ違うときに刀の柄から手を離す仕草を見せて、お互いに「大丈夫、襲わないよ」と伝えていたそうです
つまり、挨拶とは 「安心の合図」 とも言って取れるのです
●幼児期の「ご挨拶」はなぜ大事?
「挨拶」はただのマナーではありません
それは人と人とをつなぐ魔法のことばにもなりえます
☺社会性の第一歩
「おはよう」「こんにちは」は、人と関わる第一歩です
これができる子は、お友だちや先生との関係をスムーズに築くことができます
☺ 自己肯定感が育つ
元気にご挨拶したら「いいね!」とついついほめてしまいますね
それだけで子どもは「自分の言葉には価値がある」と感じ、自信を持つようになります
☺ 安心感をつくる
見知らぬ人でも「おはよう!」と交わすだけで、敵ではなく「このコミュニティにいる仲間」になります
挨拶は、子どもにとって安心のバロメーターにもなっています
さて、ここで考えたいことがあります
このような大事なことを学ぶ時期に、周囲の大人が「無言の見本」を見せていたら
ご挨拶に対する子どもの考え方にどのような影響を与えるでしょうか🤔
●「誰かが言ってるから自分は黙っていても大丈夫」
さて、関連するような内容で最近このような記事を目にしました
会社や学校で上司や先生が「おはよう」と声をかける
すると、数人が元気に「おはようございます!」と返す
しかし、それを聞いて 黙って通り過ぎる人 がいる
このような風景が増えているそうです
「ほら、もう誰かが言ったし、自分はいいや」
「集団の中にいれば、自分が挨拶しなくてもばれない」
挨拶は、「敵意がないことの顕れ、安心の合図」
団体戦ではなく、あくまでも個人個人の関わりです
コミュニティ全体の挨拶回数のノルマが決まっていて、それを誰かが肩代わりしてくれているわけではありませんからね
落語や小噺でしたら挨拶廃止運動でも起こりそうでもあります
そこには合理性や礼儀を超越した人間同士の繋がりが存在します
●大人の立場でできること
子どもに「挨拶しなさい」と言う前に、まずは 大人が楽しそうに挨拶をすること
🌟 朝、子どもに「おはよう!」とと笑って接する
🌟 店員さんなどに「こんにちは」「ありがとう」などをはっきり伝える
🌟 ご近所の方に自分から挨拶する
子どもは 「言われたこと」ではなく「見たこと」を真似るものです
これだけで、子どもは自然に「挨拶は当たり前のこと」と覚えていきます
「おはよう」が言えない大人にはならないように
「おはよう」が言える子どもを育てるために
幼児期のかかわりは大きな意味があると考えられます
ここから先は興味のある人向け✍
●「挨拶」の漢字の意味
「挨拶」という言葉を分解するとこのような意味になります
「挨(あい)」 → 近づく、押し寄せる
「拶(さつ)」 → 押し迫る、迫る
つまり「挨拶」とはお互いに歩み寄ること
相手に心を開き、一歩近づく行為です
●「一挨一拶」という禅の言葉
禅宗には「一挨一拶(いちあいいっさつ)」という言葉があります
これは 「一つの問いに一つの応えを返す」 という意味で、師匠と弟子が禅問答を通じて心を通わせる様子を表しています
これが転じて、今では「ちょっとしたやりとり」や「日々の挨拶」を指すようになりました
しかし、本来の意味を考えるとただの儀礼的な言葉ではなく「相手の心に応える大切な行為」 なのです
例えば誰かが「おはよう」と言ってくれたときにそれを無視してしまうのは、まるで禅問答で答えを返さないようなもので
挨拶はキャッチボールのようにお互いに応じることで成立します
●挨拶は「心の距離を縮める」もの
「挨拶」という言葉のルーツを考えるとただの形式的な言葉ではなく、「 相手との距離を縮めるための行為」だということが分かります
例えば知らない人とすれ違うとき、無言だと少し気まずいですが
「おはようございます」と一言交わすだけで空気が和らぎますね
これは、挨拶が「相手に歩み寄る行為」だからこそ生まれる効果です
現代では「挨拶なんてしなくても困らない」という風潮もありますが、
挨拶はただのマナーではなく、人と人とをつなぐ大切な手段です