8月のごみ拾い
こんにちは!
今回は8月のごみ拾いの様子をお伝えします📸
さて、今月も月末恒例のごみ拾いです
今朝は、幼稚園の周りをぐるっとごみ拾いしてきました!
比較的少ない方かなあとは思いましたが、なかなかゼロとはいかないもので

↓ここから先はひとり言なので、お時間のある方だけご覧ください…
捨てたものは、なくならない
今日のごみ拾いでは、いつもよりもたばこの吸い殻や空き缶、飲み残しのお酒などが多く目につきました。
今朝は歩きながら、捨てたものの行く末や、その影響を考えることも大事だと感じました。
●目の前から消えただけ
捨てた人にとっては、その瞬間に手元からなくなり、それで終わりなのかもしれません。
けれども、ごみは消えたわけではありません。ただ、自分の目の前から見えなくなっただけです。
もしかしたらそのごみは、いつか自分の身体や生活に影響を及ぼすかもしれません。
今日、近隣の畑の近くで落ちていたごみを例として考えてみたいと思います。
●身近なごみが及ぼす影響
たばこの吸い殻には、ニコチンをはじめ、さまざまな化学物質が残っています。
雨にぬれれば、それらが土に溶け出すことがあります。
実際に、土壌に溶け出したニコチンが植物に取り込まれることもあるそうです。
また、たばこのフィルターは自然物ではなく、細かくなればプラスチックとして土壌に残っていきます。
お酒も同じように考える必要があります。
まず知っておきたいのは、アルコールは人体だけでなく、植物にも影響を与えることがあるということです。
濃度や植物の生育段階によっては、種子の発芽や根の成長を妨げることがあります。
芽を出そうとしている種や、育ち始めたばかりの植物にアルコールがかかれば、濃度などの条件によっては発芽や生育に影響を与えることが示唆されています。
空き缶やプラスチックごみには、また別の危険があります。
農業機械に巻き込まれれば、缶は鋭い金属片になることがあります。
機械を傷め、作業の停止や修理につながることもあります。
機械の修理をあきらめ、農業を営むことを辞めてしまうこともあります。
機械だけでなく、作業する人にとっても危険です。
また、プラスチックは想像以上に長期にわたって土の中に残っていきます。
時間がたてば消えるわけではありません。
日光や雨風で細かく砕け、やがて目には見えにくい状態になって土の中に残ります。
そして、信じられないかもしれませんが、微小なプラスチックの一部は植物の根から取り込まれ、植物の内部へ移動することが研究で確認されています。
野菜の可食部へ移行した例も報告されており、植物の生育への影響についても研究が進められています。
見えなくなることと、なくなることは似て非なるもの。
本質的に違います。
●畑は食べ物をつくる場所
畑は、私たちの食べ物をつくる場所です。
そこに捨てたものが、土や水に影響し、植物に取り込まれることもある。
作物の成長を妨げることもある。
農作業を難しくすることもある。
そうしたことが積み重なれば、その土地で安全に作物をつくり続けることそのものを難しくしていくかもしれません。
●巡り巡って、自分のもとへ
そうして影響を受けるのは、捨てた本人とは限りません。
その畑で育ったものを食べるのは、知らない誰かかもしれません。
自分かもしれません。
自分の家族や、大切な人かもしれません。
あるいは、「身体に入って返ってくる」という形ではなく、作物がつくりにくくなり、必要な食べ物が手に入りにくくなるという形で返ってくることも考えられます。
大げさに聞こえるかもしれませんが、小さなきっかけがいつか大きな食糧難に繋がる可能性だってあるのだと、私たちは考えなくてはなりません。
私たちは、自分だけをこの循環の外側に置くことはできません。
たばこを喫むことも、お酒を飲むことも、その人自身が選ぶことです。
しかし、その一瞬の快楽の後始末まで、他人の土地や未来の誰かに押しつけてよい理由にはなりません。
●その先を想像する
ごみを捨てる行為の根底には、
「ごみを捨てたことによって、ゆくゆく自分にどう返ってくるか」
ごみを捨てる瞬間に、その先を想像する機会が欠けてしまったことがあるのではないかと思います。
これをここに捨てたら、その後どうなるのか。
雨が降ったらどうなるのか。
土に染み込んだらどうなるのか。
農業機械が通ったらどうなるのか。
そこで育ったものを、誰が食べるのか。
ほんの少し先まで想像することができれば、自分の目の前から消えれば終わり、とは考えにくくなるはずです。
目先の快楽や便利さは、その場では小さなことに見えるかもしれません。
けれど、その代償は消えてなくなるのではなく、誰かが引き受けています。
そして時には、長い時間をかけて、巡り巡って自分たちのところへ戻ってきます。
●人とのかかわりにも
これは、ごみだけの話ではないのかもしれません。
人とのかかわりの中でも、その場の感情や自分の都合を優先してしまうことがあります。
言いたいことをそのまま口にしてしまったり、面倒なことを後回しにしたり、その時に楽な方を選んでしまったり。
その瞬間にはそれで済んだように思えても、その後に残るものまで消えるわけではありません。
何気なく発した言葉が、思っている以上に誰かの心に残ることもあります。
自分が避けた負担を、別の誰かが引き受けていることもあるかもしれません。
そして、そうした小さなことの積み重ねが、人との関係を少しずつ変えていくこともあるのだと思います。
目の前のことだけではなく、その先にいる人や、その後に起こることまで想像する。
それは、ごみを捨てないことにも、人を大切にすることにも、同じように必要なことなのかもしれません。
決して誰かだけの話ではなく、自分自身にも。
今日のごみ拾いでは、落ちているものだけではなく、その向こうにあるものまで考えさせられました。
目の前のことだけで終わらせず、その先に何があるのかを少し想像すること。
そんなことを忘れないようにしたいと思いました。