7月のごみ拾い
こんにちは!
今回は7月のごみ拾いの様子をお伝えします🚮
どうやら6月分はブログに載せそびれてしまったようですが、
毎月のごみ拾いは変わらず続けています
今月も、園のまわりを一周しながらごみを拾ってきました
夏休みなのでお寺の奥まで大きく回ってきました
暑い時期らしく、空き缶やペットボトルもいつもよりも落ちていたかなあという印象です


「目の前の人間も救えなくて、世界再生なんてやれるかよ!」
とは、とあるゲームの主人公の言葉です。
今月はごみ拾いをしながらふとこの言葉を思い出しました。
当時も印象に残った言葉でしたが、大人になってからのほうが、折に触れて身につまされることがあります。
大きな理想を掲げることはできても、そのために目の前の小さなことをおろそかにしてしまっては意味がない。
世の中を良くしたい、地域を良くしたい、我々であれば子どもたちの将来がより良いものになるように。
そうした大きなことを考えるほど、結局は、自分の手が届くところから始めることが大事なのだと思わされます。
■時代を越えて語られてきたこと
同じような考え方は、決して創作の中だけではなく、歴史の中でもさまざまな言葉で繰り返し語られてきました。
中国の思想家である老子は、
「天下の大事は、必ず細より作る」
と説いています。
世の中の大きなことは、必ず細かなことから始まるという意味です。
また、孔子の教えを伝える『大学』には、
「修身斉家治国平天下」
という言葉があります。
天下を平和にしようとするならば、まずは自分自身を修め、次に身近な家庭を整え、そこから国、そして天下へと広げていかなければならないという教えです。
同じく儒教の古典である『中庸』にも、
「遠きに行くには必ず近きよりし、高きに登るには必ず低きよりす」
という言葉があります。
どれほど遠いところへ向かうときも、出発するのは自分の足元からであり、どれほど高いところへ登るときも、始まりは一番低いところからです。
日本では、二宮尊徳が、
「積小為大」
という考えを説きました。
大きなことを成し遂げようとするならば、小さなことをおろそかにせず、一つひとつ積み重ねていかなければならないという教えです。
欧米にも、
「小さな一撃も、積み重なれば大きな樫の木を倒す Little strokes fell great oaks」
という格言があります。
一度の小さな行動だけでは変えられないことでも、何度も繰り返すことで、やがて大きなものを動かす力になるという意味です。
さらに、新約聖書にも、
「ごく小さな事に忠実な者は、大きな事にも忠実である」
という言葉があります。
生まれた時代も場所も、言葉が伝えられてきた文化も異なります。
それでも、目の前の小さなことを大切にすることが、その先にある大きなことにつながっていくという考え方は、歴史の中で何度も語られてきました。
大きなことは小さなことから始まること。
遠くを見ながらも、まず足元で行動すること。
目の前の一つひとつを大切にできなければ、その先にある大きなことも成し遂げられないこと。
時代や場所が変わっても、きっと変わらない考え方なのだと思います。
■言葉だけではどうにもならない
しかし、こうした格好のよいことを言うのは簡単でも、実際の行動として実を伴わせることは、決して簡単ではありません。
忙しい日には後回しにしたくなることもあります。
自分一人がやったところで、何かが大きく変わるわけではないよなあと思うこともあります。
誰かがやってくれるだろうと、目の前のことを見過ごしていることもあるかもしれません。
だからこそ、言葉だけで終わらせず、小さくても実際に行動することが大切なのかもしれませんね。